2017年11月16日

2017年11月14日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場11月11日放送分

トキ北川
タイトル:わすれもの 〜「わすれものセンター」序章
出演:トキ北川
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いろんなお店に「研修中」「実習中」などと書かれた名札を胸につけて接客している店員さんがいます。
表情、動き・・・様子全体が、他の先輩たちとは違います。
つまりはその店舗で働きだしてまだ間もない人たちなので、人によって程度の差こそあれ、慣れていない感が満載で、動きにもぎこちなさがあります。
それが慣れてくると、頭で考えなくても体がある程度仕事を覚えてくるので、動きがスムーズになります。
慣れない間は、何か作業をするたびに、それがごく細かいことであっても、逐一頭で考えてからでないと行動できないから、時間もかかるし、中には客としてコチラが不安になってくるような人もいます。
ただ、ひとつ言えることは、その仕事の基本を教わりたてなので、かなり基本に忠実な動きをしているということです。
上手・下手や器用・不器用、やる気の有無などの個人差があるので、みんな一律の動きをしているわけではないのですが、下手は下手なりに不器用は不器用なりに、やる気のない人はやる気がないなりに、言うべきことは律儀に言うし指さすべき時には指を指さすし、やはり基本には忠実です。

これはべつに仕事に限った話ではないでしょう。
学生時代の学業にしろスポーツにしろ、レジャーやゲームなんかでも同様で、慣れないうちは基本的な作業に終始せざるを得ません。
スキーなんか、レジャーでありスポーツであるとは言え、一歩間違えれば命にもかかわりますから、慣れないうちの基本への忠実ぶりは格別です。
日頃の生活の充実度は度外視して、自然の雪山でみな平等に、どう贔屓目に見てもカッコいいとは言えない凶暴なアメンボみたいなボーゲン・スタイルでソロソロと移動することになります。
そうしている間は、事故は起こりません、起こらないよう渾身の力で注意深く滑っているからです。
事故が起こるのは、もっと慣れてからでしょう。

仕事にも同じことが言えるかも知れません。
「研修中」「実習中」の間は、もちろん細かい失敗は多々あるでしょうが、大きな失敗はあまりありません。
それを引き起こすのは、慣れてからの慢心と油断です。
新人とベテランが並んで仕事をしていると、ベテランの熟練が目を引きますが、そのうち違う見え方になってきます。
基本に忠実でしかない新人の動きを見て、「本来はこう動くべきなのか」と思えてくるのです。
それに比べてベテランの動きからは、無駄が省かれ、そこに独自のアレンジが施されたりしています。

もちろん熟練は目指すべき境地ではありますが、「実習生」や「研修生」を見ていると、客としてと言うより、同じ社会人として、背筋が伸びる思いがします。

私もラジオ番組をさせていただくようになって長いです・・・まぁ私の番組を聴いて熟練を感じる方はいないでしょうが、この辺で気持ちも新たに、新しいシリーズをはじめます・・・新しい仕事に就いた男の話です。

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posted by fm814 at 10:30

「11月12日放送」ー マサヨ姉のSTAND BY YOU

webradio_masayone.gifタイトル:マサヨ姉のSTAND BY YOU「11月12日放送」

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2017年11月09日

2017年11月07日

「11月5日放送」ー マサヨ姉のSTAND BY YOU

webradio_masayone.gifタイトル:マサヨ姉のSTAND BY YOU「11月5日放送」

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娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場11月4日放送分

トキ北川タイトル:死語
出演:トキ北川
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今さら言うことでもないですが、言葉は変化してゆきます。
幸か不幸か、日本語という言語は殊の外、古文と現代文とに差異があり、古文を読むための修練を積まないことには江戸時代以前の文章はおろか、森鴎外ですらスムーズに読めなかったりもします。
言葉は生きている人間によって使い継がれているので、人間が変化する以上、言葉も変化するのは当然ですが、日本語の古文と現代文との間には、そういった自然的変化のみならず、一種人為的な変化も見出せます。
明治時代の、言文一致運動。
その名の通り話し言葉と書き言葉を一致させようという運動なのでしょうが、「運動」ということは、特定の人間たちの、日本語を変えるという意志と目的が見てとれますし、今は古文に比べて、見事に話し言葉と書き言葉とが一致していますから、彼らの意志はある程度成就したのだとも言えます。
我々からすると「言文一致」なんて単にノーマルでしかなく、むしろ話し言葉とは異質の書き言葉を持っていたということの方がアブノーマルに思えますから、何をそんな当然のことに対して「運動」なんて大げさな看板を掲げる必要があったんだ、と思ってしまいますが、当時の先人たちにとってそれは紆余曲折の連続であり、一筋縄で達成できるものではなかったようです。
たとえば言文一致の先駆的小説『浮雲』などを読むと、どうすれば口語で文章が書けるのか、悩みに悩みながら怖々と書き進めたであろうことがうかがえます、巻頭と巻末とではまるで別人が書いた別の作品のようで、しかも完結していないところからすると、結局どうすればよいのか分からないまま諦めたのかも知れません。
思うに、彼らには、口で話すような言葉で文章を綴ることに、大きな違和感や躊躇があったのだと思います。
昔の日本人がみんな、あんな古文みたいな喋り方をしていたとは思えません、ということは、話し言葉とは異質の書き言葉というものが存在していたということになります、つまりかつての日本人にとって文章を書くというのは、感情や事実を伝達するものではなく、そういったむきだしの現実に、フィルターを通すような作業だった気がします。
欧米人に比べて日本人はストレートな伝達が下手だとよく言われますが、それは当然で、ストレートな伝達なんかしてこなかったのだし、そんなものが良いということすら思っていなかったはずだし、そんなものを目指しはじめたのはごく最近なわけですから。文語での文章表現に慣れてきた人間たちが、明治に入って急に書き言葉を捨て、話し言葉で文章を書いてみた時の困惑は、尋常ではなかったはずです・・・現実が、あまりに現実すぎて。
ここ十数年、不特定多数の人に自分の言葉を読ませる人が圧倒的に増えました。
今や誰の審査の確認も通すことなく、自由に自分の書き言葉を公表することができます。
伝達や通信、表現や主張が格段にしやすくなってよかった分、文語を捨て去った弊害を見せられているような、そんな日本語も溢れるようになってしまったと、そうも思います。
私のような、昭和の忘れものみたいな人間からすると・・・PCやスマホの画面に貼りつけるフィルターが欲しいです。
まぁ、だからって今回の作品が、そんなことを考えていただくためのもの、というわけではないんでして・・・
まぁ、いつも通りです・・・いつも通り、しょうもないです。

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posted by fm814 at 10:15

ひと・まち・キラリ「2017年11月6日放送」

今回は「皆さん!ガールスカウトはご存知ですか?各地域にあって色んな活動をしてるんですよ!そして何といっても、ガールスカウトには年齢制限が・・・ないんです!」 icon_new2.gif

出演者:ガールスカウト奈良県第46団
      団委員長 三浦 有希江 さん           
   
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posted by fm814 at 10:07