2018年03月07日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場3月3日放送分

トキ北川
友達 〜「プレゼント」その後〜
出演:トキ北川
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若い学生さんを見ていて、感心することがあります。
本当に気心の知れた者同士であれば、リラックスして言いたいこと言い合っていますが、そうでない場合、つまり、まださほど親しい関係になっていない者同士の場合、本当にお互い気を遣い合っているというか、手探りで頑張っているというか・・・そういうことは大人にもあるのかも知れませんが、もうちょっと、まぁ何と言うか、よく言えば自然に、悪く言えば姑息に、まぁでも悪く言う必要もないので、やっぱり自然に会話ができるというか・・・。
私は人見知りをしますが、人間誰でも少なからず人見知りをするものだと思っています。
そうは見えない人は、そうは見えないように頑張っている人で、「自分はまったく人見知りをしない」と豪語する人は、人見知りすることを人に知られたくない人だと、そう思っています。
これは何も、そういう人たちを茶化したりしているわけではなく、社会人として(たとえ学生さんであっても)とても真っ当で健気な努力であると、そう思うのです。
人見知りというのは元来、小さな子供すること、というイメージが私にはあります・・・試しにいくつかの国語辞典で確認してみると、やはりそうでした・・・小さな子供が知らない人と対峙した際の反応の典型のひとつ・・・自分の幼少時のことを思い出してみても、自分の親が、明らかに初対面の相手とも堂々と会話するのを見て、さすが大人だ、知らない人だからってきちんと会話できないなんていうのは子供だから許されることなんだ、と、そう思っていました。
だから本来、大人になったら人見知りなんて言っていられないわけで、でもやはり初対面の相手となると、気心の知れた相手との会話にはない緊張感は少なからずあるわけで、そのように考えると、日頃人見知りを隠している人というのは(人間誰でも少なからず人見知りをするのだという前提で話を進めてしまっていますが)、ある意味、社会人として、大人として、自覚を持っている人、という言い方ができるかも知れません。
人見知りとまではいかなくても、初対面の相手との会話は少なからず気を遣うものでしょう・・・どういう性格なのか、どういう考えなのか、どういう趣味趣向なのか、怒りの導火線はどの辺にあるのか・・・いろんなことを窺いながら会話をしているはずです。
そういった会話をいかに自然に進められるか、そこに生じる空気的なこわばりをいかに和らげられるか、といったところで、大人として、社会人としての腕前を問われるのだと思います。
十代の学生さんの中にも、既にそういう腕前に長けている人もいるでしょうが、まだ上手ではない場合も多いようです・・・露骨に相手の様子を窺っていたり、会話がぎこちなかったり、おそらく日頃リラックスしている時とは多少口調も変わっているだろうと思われるケースも目にします。
そうまでして相手と会話をしようという意欲が、今の私にどれほどあるかと考えると、絶望的です。
昔に比べて自然な会話はある程度上達したとは思いますが、その分、話したくない人を避ける技術や、相手の言うことに適当に合わせる技術や、そういったものもある程度上達し、上達すればするほどそれらの技術を多用するようになっているような、そんな気がするのです。
気がつけば友達が減り、しかもそれでいいと思っている、今日この頃・・・あまり頑張って会話はしていません。

あまりに長いシリーズなので二週間のインターバルをとりましたが、2月の「プレゼント」の続き・・・まったくご存知ない方は1月20日放送分「プラスマイナス」から本作まで5作連続でお聴きいただければ、とても有り難いです。

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posted by fm814 at 00:00