2018年03月13日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場3月10日放送分

トキ北川
潜在意識 〜「友達」その後〜
出演:トキ北川
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昨年の夏、自分自身の内面の、あまり人には言いたくない、自分でもあまり認めたくない、そんな一面について再認識したことがありました(とはいえ既に生放送では告白済みですが)。
駅のプラットフォームで、仰向けになってしまった蝉が、本来の態勢(つまり、うつ伏せと言うんでしょうか、人間で言うなら匍匐的な、昆虫本来の基本姿勢です)に戻れずにもがいていました・・・蝉がもがいているのだから、まぁ、うるさいです、ジィジィジィジィ唸りながら、何とか仰向け姿勢から脱しようとするのですが、いつまで経っても仰向けのままその場をグルグルしているだけで、元の態勢には戻れずにいました。
結局のところ、私が助けたのですが・・・すぐには助けなかったのです・・・しばらくの間、蝉がもがいているのを眺めて、そして助けました。
この私の行為は、蝉に対する慈愛であったり優しさであったり、そういう感情が表れた、それはそれで胸を張ってよいもの、なんだ、とは、思います・・・ただ・・・そうとばかりは言っていられない、ちょっとした心の闇、みたいなものも、自覚しないではいられませんでした。
助けるのなら、すぐに助ければいいはずです・・・なぜ、蝉がしばらくもがき苦しんでいる姿を眺める必要があったのでしょうか・・・自分でもよくは分かりませんが、もしかしたら私は、誰かが苦しんでいるのを見るのが好きなのかも知れない・・・もしくは、もがき苦しんでいる様子を一通り確認することで、自分がこれからしようとしている行為の美徳性であったり、蝉に対する優越性であったり、そういったものを自分で堪能したかったのかも知れない・・・
それはある種、潜在意識のようなものなのかも知れません。
自分自身ではっきりした意志や欲望を抱かないままにそんな行動をとってしまっていたので、その内面の正体を明白には把握できなかったし、把握したくもなかったので、それ以上は考えておりません。
ただ、私の内面には、ロクでもないものが潜んでいると、そのことだけは自覚できたような気がしました。
そして、ふと気になりました・・・蝉ではなく、人間が困っているのを見ても、私は同じようなのだろうか?
困っている人を見かけたら、まぁ、助けます・・・もちろん私の能力上、助けるわけにはいかないことだって多々あるわけなんですが、そうでない限り、助けます。
ただ、蝉の時と同じく、相手が困っている姿を一通り眺めた末に助けているというようなことは、ないだろうか?
これまでのことを振り返ってみても、正確には分かりません、ただ、そんなこと正確には分かりたくないだけで、やはりそんなようなことを、している、ような、気も、しないでも、ありません。

先週、生放送のメッセージテーマを「心の闇」にしてみました。
皆さん、心の中の秘密をいろいろと告白してくれました。
中には「実は人のことをほとんど信じていない」とか「誰かがミスをするとちょっと楽しい」など、私と同様、内面にロクでもないものを抱えている方もいました・・・親しみを感じました・・・そういうところは出さずに生きているわけだし、いいですよね?

えぇ・・・このシリーズ、まだ終わっちゃいません・・・来週も続けるのか、またまたインターバルを置くのか、今週土曜日までに考えます。

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posted by fm814 at 18:49