2018年05月08日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場5月5日放送分

トキ北川
保育士見習
出演:トキ北川
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「モンスターペアレント」という言葉が浸透して久しいです・・・「どこまでやればモンスターなのか?」の詳細は存じませんが、私は長らく、彼らの神経を疑っておりました・・・どうすればそんな恥さらしができるのだろうかと。
ただ、私もおかげさまで人の親にならせていただきまして、それでようやくその神経が理解できました。
人の親たる者、誰だって、「モンスターペアレント」に、なろうと思えば、なれます。
「モンスターカスタマー」など、「ペアレント」以外にもいろんな場面で「モンスター」という言葉が使用されるようになっていますが、「ペアレント」以外の「モンスター」には、私はなれそうにありません。
私は少しでも自身に図々しさを感じると、恥ずかしくなってしまうタイプの人間だからです。
これは謙虚さや奥ゆかしさというより、自分可愛さ、なんだと解釈しております。
要するに、嫌われたくないし、ウザがられたくないし、恥をさらしたくないのです。
でも、「ペアレント」としては、かなり違います。
我が子のためであれば、嫌われてもウザがられても、恥をさらしてもいいと思います。
だからいつでもその気になれば、「モンスターペアレント」になれます。
でも、なりません・・・それは私だけの問題ではないからです。
私が嫌われ、ウザがられ、恥をさらすのは一向かまわないとしても、そうなることで家族までが嫌われ、ウザがられ、恥をさらすことには耐えられそうにありません。
そして、少なからず、周囲に迷惑をかけてしまうことになります。

結局私には、「モンスターペアレント」の神経は、半分しか理解できません。
理解できる半分というのは、家庭的な神経です・・・家族単位で考えてみれば、何ら問題ないだろうし、むしろ我が子のために必死なんだから、模範的と言ってもよいかも知れません。
ただし、あと半分、理解できないのが、社会的な神経です。
誰もがかけがえのない命、人生をひとつずつ持った「オンリーワン」であることは、疑いようもありません。
でも、でも・・・まぁ・・・世の中そんな表一辺倒ではございません。
たとえば私だって、まぁ、オンリーワンではあります、他の誰でもない、大切な私です。
ただし、今、私が消えたって、地球には何の影響もありません、地球どころか、エフエムハイホーだって、まぁ悲しんでくれる人は多少いてくれるにしても、ただちに私の代役を探さねばならないという手間が増えるだけで、明日以降もごく普通に続いてゆきます。
もう少し前向きな表現で言いますと、オール・フォー・ワンであると同時に、ワン・フォー・オールです。
21世紀型「モンスター」たちには、社会的神経が、ワン・フォー・オールの精神が、欠如しているのだと思います。

自分以外の人間との共存が社会であるとすると、家族というのが社会の最小単位となります・・・そこから、保育園、幼稚園、小中学校・・・「モンスターペアレント」になるのもいいですが、次第に社会化してゆく子どもとともに、私ももっと社会化できてゆけば、と、そう考えております。
最近私に、やけに増えた知り合い・・・保育士さんたち・・・いつも本当にご苦労さまです。

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posted by fm814 at 00:00