2018年10月31日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場10月27日放送分

トキ北川

形  〜「本題」その後〜
出演:トキ北川
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幼い頃から、「自由」という言葉に何かしら得体の知れない恐ろしさを抱いていました。
まぁ、幼かったわけなので、その恐怖の正体については本当に何も分からなかったわけなのですが、「自由にしていい」と言われると、何やら突き放されたような、「自由にしろ」というより「勝手にしろ」と言われているような、そんな寂しさを感じてしまい、その寂しさが恐怖にまで広がっていたのだろうと思います。
要するに、極度の臆病だったんでしょう。
学校の休憩時間を「自由時間」とも呼びますが、あれは制限時間を設けられている段階で「自由」とは程遠く、その制限時間内は好きに過ごしていいと、それだけのことでした。
高校生くらいになると、クラスメイトの中には、制服を煩わしがる人もいました・・・私服の学校が羨ましいと。
しかし私はそんなこと全く思いませんでした。
オシャレが好きな人はそうかも知れないけど、こちとらオシャレの何たるかをほとんど何も分かっておらず、しかも痛いほどその自覚があったのです。
私服になったりしたら、何と言うか、クラスでの自分の立場すら変わってしまうじゃないかと。
制服だからこそ、ファッションセンスだったり、その延長線上にある美的センスであったり社会性であったり、そういったものを度外視して無邪気に過ごせているのだと。
頭髪も同様、私の高校では月に一度頭髪検査がありましたが、それがなくなって何でもありになってしまったら、一体私はどんな髪型にすればよいのか、途方に暮れてしまっていたでしょう。
私は、多少キツ目に束縛されていた方が楽だと感じる人間です。
ブルースや2時間サスペンスが好きなのも、そういったところが出ているのだと思います。
もしも本当に際限のない自由が授けられたとしたらどうなるだろうか・・・おそらく私は、生きてはいけません。
これは今も昔もそうです・・・まぁ要するに、今も昔も私は極度の臆病なのでしょう。
途方もない自由地獄の中で、結局何も出来ずに溺れ死ぬようなイメージです。
「自由になりたくないか」というような歌が若者に支持された時、私は当の若者でしたが、聴くたびに心の中で「なりたくありません」と答えていました。

「自由」のみならず、世の中には形のないものを指し示す言葉が多く見られます。
「幸福」も、「愛」もそうです。
私のみならず、みんなそれぞれにお好みの「自由」というようなものがあるんだと思うんですが、それと同様、みんなそれぞれお好みの「幸福」があり「愛」があるんだろうと、まぁ、それ以上のことは私には何とも言えません。

さて。
お馴染みの「へたれカレシ」とそのカノジョ・・・まだビール飲みながら喋っております・・・今後もまだ、喋ります。
まぁ、いつかは閉店の時間になるんでしょうけど・・・まだ喋らせます。
作品としてはしばらくインターバルを置きますが、数週間後にまた「『形』その後」というサブタイトルが付いた作品を放送することになります・・・二、三週間後だったりする、可能性も、なきにしもあらずです。


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posted by fm814 at 23:02