2017年10月17日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場10月14日放送分

トキ北川タイトル:度合 〜社会その後〜
出演:トキ北川
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度合、ということに、関係するような関係しないような話をします。
高校時代のクラスメイトで、体育の時間に非常に味のある言葉を口にするヤツがいました。
たとえばソフトボールで、チャンスに打席に立った時、サッカーでPKを蹴る時、バスケットボールでフリースローをする時、味方はみんな盛りあがっています、で、彼に「頼んだぞぉ!」とか何とか声をかけます。
そういう時、彼は必ずこう言うのです・・・「できるだけやってみるわ」。
仲間が盛り上がり、仲間の期待を一身に受けている人間の言葉としては、何とも生半可な言葉です。
彼は運動が得意なヤツでも目立とうとするヤツでもなく、また、その佇まいや雰囲気から、あだ名は「じじい」でした。
若者として不本意なあだ名のはずですが、実際問題このあだ名を自分でどう思っているのか尋ねてみたところ、「いい気はしないが納得はしている」というような返答をしました。
そんなヤツですし、体育の授業で周囲の期待を一身に背負ったところで、基本、残念な結果でした。
彼自身、周囲や自分を喜ばせる結果を出すための技術や度量やスター性が自分にあるのか、ということについては疑問に思っていた、いや、それどころかどうせダメだろうということを最も弁えていたのは、彼自身だったかも知れません。
味方はみんな盛りあがっているわけだし、本当なら「おぅ! 任せとけぃ!」くらいの大風呂敷は広げたかったかも知れないし、それでダメだったとしても、それはそれでみんな結果として受け入れてくれることも分かっていたでしょう。
そんなことは全て承知の上で、彼は「できるだけやってみるわ」と言うのです。
一度、彼に言ってみたことがありました・・・「できるだけやってみる」というのは、いかにも煮えきらん、と。
これは何も、本気で言ったのではありません、私は彼に、「できるだけやってみる」と答えるヤツでいてほしかったのですが、ただちょっと、どういうつもりで言っているのか確認してみたくなったというまででした。
すると彼は、「でもだからって、たぶんアカンわけだし、大きなことは言えん」てな感じで答えました。
以下、厳密には覚えていませんが、続きの会話内容です――「べつに大きなことを言って失敗したって誰も本気で怒らんはずだ」「でもシラけはするだろう」「・・・まぁな」「そのシラけこそ、俺には荷が重い」「・・・まぁな」
「できるだけ」なんていういかにも言い訳めいた修飾語をつけようが、高らかにホームラン宣言をしようが、まぁ、彼が実際に打ってくれるとは、味方の誰も思っていないわけなんですが、気持ちは分かります。
彼が最も気にしていたのは、期待を裏切らないように頑張ることではなく、期待を裏切った後に周囲に広がるであろう興ざめ具合を最小限に食い止めることでした。
そのために彼は、味方の激励への応答の豪華さの度合に、細工を施していたと言えるでしょう。
もちろん世の中には、ハッキリ言わなきゃならない事柄は沢山あるわけですが、まぁ、たかが体育です、死ぬほど頑張る必要はありません、彼は自分の判断で、適度な度合の返答をし、で、適度な度合で頑張ったのです。
人から何かを言われる時は、もちろんハッキリとした言われ方をした方が分かりやすいわけですが、ただし、ホントはそんなにハッキリ白黒つけられるものではない、ということについても、意識的でいたいところです。
良し悪しにも、好き嫌いにも、喜怒哀楽にも愛情にも、度合というものがありますから。

さて、この夫婦の連作、三週目・・・ご迷惑をおかけしております。
次週で終わる、予定です。

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posted by fm814 at 00:00

2017年10月10日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場10月7日放送分

トキ北川タイトル:社会 〜謝罪その後〜
出演:トキ北川
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生放送内にて「イラッとくること」というテーマでメッセージを募ったところ、「謝らない人」というのがありました。
メッセージをくれたリスナーさんは具体例をいくつか挙げてくれていましたが、たとえば、銀行のATM。
確かにそういうこと、あります・・・銀行内のATMなら機械が何台か並んでいるので、さほど待つ必要はありませんが、一台しかない、コンビニや街頭のATMで、何をそんなに時間がかかることがあるのかと思うような人、います。
後ろに並んでいたりすると、まぁ、多少はイライラします。
そういう人がようやく作業が終わり、去り際に謝らなきゃいけないというわけではないですし、本格的に謝られてもちょっと困りますが、申し訳なさそうにちょっと一礼してくれたりすると、私などは今までのイライラと一気に解消されるばかりでなく、多少いい気分になったりもします。
ただし、謝るべきか否か、というような基準は人それぞれです。
自分が逆の立場でもイライラしない、という人もいるでしょう・・・こんなもの先着順なんだから、並んでいる人は我慢して並び続けるのは当たり前、という感覚の人なら、そりゃぁ、謝らないでしょう・・・これは分かります。
私だって別の場面では、みんなに「コイツここで謝らんのか」と思われている可能性だってあります。
でも中には、どうやらそういうことじゃない人もいまして・・・私は基本、いつも同じ場所でATMを使用しますが、そこでよく出くわす人がいまして、この人、とにかくいつも時間がかかる人で、でもどれだけ時間がかかっても、後ろに並んでいる人に何か小さなアクションを起こすことはありません、当り前のように去ってゆくのみです。
ところが、自分が並んで待っている時は、盛んにスマホの時計を気にしてみたり、溜め息ついてみたり舌うちしてみたり、その場で貧乏ゆすりしてみたり、とにかく露骨にイライラしてみせます。
この人は・・・謝らない人、なんでしょう。

こんな細かいことではなく、どんなことがあってもとにかく謝らない、その人が謝るのを一度も見たことがない、という人も、稀にいます。
そういう人に対して好意的な気持ちにはなれませんが、でも、考えることがあるのです・・・
これは、この人が非常識だとか傲慢だとか、マァただそれだけのことなのかも知れないけど、ひょっとしたら、簡単に謝っちゃいけない環境で育ち、生きてきたんじゃないだろうか、と。
私などにとっては、幼少時から、素直に謝るというのは一種の美徳でした。
相手の気持ちを慮ることにもなるし、両者の関係性を再構築することにもなるし、まぁ慮るやら再構築やらそんな言葉は知らなかったにせよ、そういうことを漠然と意識はしていたと思います。
それは謝ることで周囲が納得してくれたり許してくれたりしたからでしょう、時には悪いことをしたのに、謝ったら褒められることすらありました。
でも、謝るというのは、自分の非を認めるということでもあり、一度謝ったら最後、周囲にどれだけつけ込まれるか分からない、というような環境で育ってきたとしたら・・・これはもう、そう簡単には謝れないかも知れません。
本当は謝りたくても謝れないかも知れないし、謝り方を知らないのかも知れません。

えぇ・・・この夫婦、まだ続きます・・・なんか、謝ります、すみません。


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posted by fm814 at 21:08

2017年10月03日

娯楽トキドキ情報アワー土曜モチャリスタ − 土曜劇場9月30日放送分

トキ北川タイトル:謝罪
出演:トキ北川
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謝罪
出演:トキ北川
ここ数年で最も記憶に残っているうちの一つで、また、もしかしたら今後の私の人生の中で比較的大きな財産となるかも知れない会話をご紹介いたします。
「ごめんなぁ」
「いや、こっちこそ、ごめん」
お互いの軽い謝罪の念を伝達し合うためだけの、非常にシンプルな会話ではありますが、この会話をしている短い時間の間、何だか、体中に電流が流れたような、突然冷水のシャワーを浴びせられたような、そんな衝撃を受けました。
最初に私に対して「ごめんなぁ」と言ったのが、私の父親だったからです。
父が私に何を謝っていたのかは敢えて言いませんが、まぁ、取るに足りない、謝る必要なんてないようなことです。
言われた瞬間、私は本当に、泡を食いました。
なぜ泡を食ったかというと、あまりに意外な言葉だったからです。
なぜ意外だったかというと、それまでの父が私に、こんなに素直に謝ったことなど記憶になかったからです。
そんな言い方をすると、父が非常に傲慢な人間だという誤解を招いてしまいそうですが、そうではありません。
そうではなくて、これまで謝る必要が全くなかったのです。
私自身、父に謝ってほしいと思ったことなど一度もありません。
一方的に、私が謝るべきことばかりでしたが、私も父に謝ったことはありませんでした。
「ごめんなぁ」と言われて泡を食いながら、そういったことに思い当たりました。
次に私の中に生まれたのは、「親父に先に謝らせてしまった」という焦燥でした。
これまでの人生、私が謝らなければならないことは、山ほどあったろうに。
これまでの生き方それ自体を謝る必要すらあります。
にもかかわらず、私が父に謝るよりも先に、父の方に謝らせてしまいました。
焦った私は、咄嗟に、とにかくこっちも謝ろうと思いました。
そこで、何を謝っとるのかいまいちハッキリしませんが、とにかく謝りました。

ごめんなぁ・・・いや、こっちこそ、ごめん」

その後、謝罪のみならず、これまで私と父は、お互い自分の気持ちを相手に伝えるということ自体、ほぼ、してこなかったということに思い至りました。
いや、思い至ったというか、そういうことは分かってはいましたし、それでいいと、お互い究極的な照れ屋なんだし、これが我々父子の関係なんだ、と思っていなくもなかったので、再認識した、というべきでしょうか。
何ともシンプルで味気ない会話ではありますが、これが初めての、お互いの素直な気持ちのやりとりでした。
何でしょうねぇ・・・心の奥がチュクンと小さく唸って、嬉しいような、でもやっぱり照れくさいような、幸福の一種と呼べるような感覚です。

謝罪・・・人によって程度の差こそあれ、近しい関係ほど、シンプルにできないこと、なのかも知れません。

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posted by fm814 at 20:30